----武田方の状況判断(天正3年4月)----
武田勝頼は、父信玄の死後家督を相続し、さかんに兵を隣国へ進め織田・徳川の出城を侵し、美濃の明智、足助の城を奪い、遠江の高天神城を奪った。勢いに乗った勝頼は、天正三年春、東三河に侵入して長篠城を包囲した。ところが城を落とせないうちに、織田・徳川の連合軍
18000が到着し、勝頼は新しい情勢への対応を迫られた。
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目的 |
武田方の目的は、近畿方面の反織田勢力と呼応して、天下に号令することにあった。 |
目標 |
このため、まず徳川勢を撃破し、遠江・三河に地歩を進め、その後織田勢と決戦しようと考えていた。 |
地域見積 |
地域見積として、予想戦場(土俵)の気候、地形、などが敵と我の行動に及ぼす影響の分析。 |
情報見積 |
情報見積としてその予想戦場(土俵)で敵はどのような行動が可能か列挙して分析する。 |
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敵の可能行動 E-1~E-3 の採用公算の順位をその兆候、戦術的意義、我に及ぼす影響、によって考察する。 |
敵の可能行動
E-1 長篠付近に向かって攻撃してくる。
E-2 現位置、設楽原で防御し一部で包囲中の我を攻撃する
E-3 現在地、設楽原で防御する
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| 我の行動方針
O-1 織田・武田の連合軍を攻撃する。
O-2 長篠城を囲んだまま、その付近(隘路口)で防御する。
O-3 長篠城の囲みを解いて、その北側に退き狭隘な山地からの出口で防御する。
O-4 甲州に退却し、時機を見て出直す。
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| 結論
◯ 敵の可能行動の採用公算の順位。
◯ 我の目的・目標達成に影響を及ぼす敵の可能行動。
◯ 我の乗じうる敵の弱点。
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| 状況判断 : 敵の可能行動と我が行動方針(可能行動)の列挙比較、分析。
結 論 : 最良の行動方針を見出す。
※ 結論としての行動方針に戦術理念(戦略・戦術)が貫かれていることが重要である。
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| 米軍式状況判断(正式)の4.各行動方針の比較を独立させたものが「略式状況判断表」である。
状況判断は、その時の状況に応じて、「打つ手」を探るものであり、「略式状況判断表」はそのとき考え出した各種の方策・方針(打つ手)だけを図上(表)に展開して要因に照らし比較した後、最良の行動方針・方策を見出そうとするものである。方針・方策の比較にあたって思考の混乱や抜け落ちを防ぐために簡単な様式(フォーム)を作って利・不利(利害)をチェックする手軽な方法である。
比較要因に何をとりあげるか、及びその比較要因の比重の差がある。重視すべき要因の重要度が異なれば、+(プラス)・-(マイナス)の付け方が難しく迷いが生じる。目先の利、不利だけにとらわれて、大局的判断を誤る恐れがある等の欠点を承知で活用すれば状況判断の方法として十分な効果がある。
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我が行動の方針
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目的に対する効果・忠実度 |
E-1 攻撃 |
E-2 連携 |
E-3 防御 |
採点 |
| ① O-1 攻撃 |
+ + |
+ - |
- |
- - |
△ -1 |
| ② O-2 防御 |
+ |
+ |
+ - |
+ |
◯ +3 |
| ③ O-3 防御 |
+ - |
+ + |
+ |
+ |
◎ +4 |
| ④ O-4 退却 |
- |
+ - |
+ - |
+ - |
△ -1 |
※ +(プラス)は有利、-(マイナス)は不利の記号。
++は特に有利。+-はプラス、マイナスが相半ばするもの。--は特に不利。
① O-1 案の攻撃は、目的(敵の撃破)に忠実であるが、危険度が高い。
③ O-3 案の防御は目的に対してはやや忠実度を欠くが、この状況ではもっとも安全である。
結論
③ O-3 案の長篠城の囲みを解き、その北の山地からの出口で防御するを最良とする。
--- 以上が略式の戦術状況判断の結果である。実際の作戦・戦闘結果は歴史(戦史)の示す通りである。 ---
| 《 上記、戦術的・「状況判断」について、大橋先生のご指摘 》 |
| 『この表の結果に、無条件にしたがうわけにはいかないが、表が正直であることを無視してはならない。当時、勝頼がこの表で、自分の案①にマイナス(-)が三つもあることを見せつけられたならば、冷静になって反省したかもしれない。採点の結果は、目前のことにとらわれて、大局を誤る恐れがある。たとえば④案、退却は、敵のどの案にも消極的であるため不利で△-1の評定であるが、数ヵ月後に改めて出直すことにまで考えを及ぼせば、最良の案であり、父の信玄であれば必ずこの案に出たであろう。』
---武岡淳彦先生「 必勝・状況判断法 」(マネジメント社1984年(S59)3月)より---
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