本文へスキップ

兵法塾は大橋先生・武岡先生直伝の兵法、戦略・戦術の奥義を紹介させていただきます。

兵書抜粋CONCEPT

兵書抜粋 孫子とマキャベリ  --大橋先生「兵書抜粋」より

孫子(前600〜500年)  ― 解説    孫子は「太古七十戦を重ね、初めて漢民族を統合した」と伝説される黄帝の兵書に、孫武が、彼自身の経験を基とする独創の兵策を加えたものといわれ、その霊的直感は、 心にくいまでに闘争の心術を説きつくしており、単なる兵書としてではなく、処世哲学の書としても、不朽の名典である。  孫武は、今から約二千五百年前、孔子と同じ春秋の世に中国の斉の国(山東省)に生まれた天才的兵法家で、揚子江の下流地方で栄えていた呉の国王、闔閭(こうりょ)に 仕えた。呉が南方の新興国としてしだいに発展し、西方の強国楚を破ってその首都に進攻し、北方では斉や晉をおびやかし、南方の越と善戦したのは、孫武の働きによるとこ ろが大きかった、と伝えられている。  孫武は戦争の法則を探求した最初の人で、彼の説くところは頗る科学的であり、吉凶うらない万能の当時としてはまことに驚くべきものがある。彼は「事の本質をつかみ、 無理のない勝ち方をせよ」と主張している。また、「水に常形なく兵に常勢なし」といっている如く、万物は常に変化し、発展するのが本来の姿であるとし、老子の考えと相 通ずるものがある。  当時は興亡常なき戦乱の時代で、人民の教養は低かった。孫武らの使った兵士は、浮浪人か一旗組を、金と威力でかり集めた烏合の衆が多く、国や君主に対する忠誠心や高 級な戦法を理解する能力を期待することは無理であった。彼はこの現実を素直に認め、人間心理の機微をつくことにより、どんな人間でも使いこなせる統御術を工夫した。す なわち彼の説は性悪説にもとづく法治主義の色彩が濃厚で、その一部には文字どおり家畜を御する方法がとり入れられている。この点、中国の他の兵書が儒教の影響を大きく 受け、あるいはそれに迎合して無理しているのと、著しく違っている。  なお孫子は、孫武の考えを孫?(ぴん)(前380〜320年ころ)が完成したものともいわれている。しかし、実用的にはこれは大した問題ではない。孫武といえども、 多くの人の協力のもとに数多先人の経験と研究を集録して、その本の資料としたものであろうし、二千五百年も昔の二百年の差は、われわれとしては同時代と見ても差し支え ない。また孫?以後においても、二千年の風雪を冒し、情勢の変化に適応しつつ今日にいたるまでには、幾度か加除鍛練を加えられているに違いないからである。私は今日に 伝えられている孫子というものを孫武を名義人とする古代中国の名将帥、兵学者グループの合作とみている。  孫子が戦争論と違うところは、理論を積み上げただけでは到達できない所にあることである。孫子が戦争論にまさるところは、適用範囲が広く、経営やスポーツ、運転のみ ならず、人間生活のための好指針をなしていることである。  孫子の欠点は策に流れやすいことである。二千五百年も前に孫子をもった中国が、長い間モタモタしてきた歴史がこれを証明している。  なお孫子は、ナポレオンや、ソ連、中共の首脳者などが熱心に研究しており、イギリスの大学でもアート・オフ・ワーと副題して翻訳出版されている。  わが国に初めて孫子を伝えたのは吉備真備(きびのまきび)(692〜775年)といわれている。彼は717年、二十五歳のとき遣唐使の留学生として中国に渡り、十八 年後の735年に帰国するとき孫子をもたらし、764年、僧道鏡と争って反した恵美押勝(えみおしかつ・藤原仲麿)の乱に、その兵法を実証したといわれている。  爾後、孫子は朝廷の秘書として大江家に伝承されていたが、匡房(まさふさ)の時代に源義家、義光に伝授され、義光から武田源氏に流れた。楠木正成の兵法の師は匡房か ら七代目の大江時親で、彼は後に毛利姓を称し、子孫に毛利元就がある。  武田に伝わった孫子兵法は、甲州流軍学として徳川に流れ、小幡景憲、北条氏長、山鹿素行、吉田松陰などに伝承された。  明治以後、この種の研究は軍という組織で行なわれたために、個人の名は著われていないが、現役軍人以外では、今日まで、落合豊三郎、藤林保、大場弥平、公田連太郎、 山田準、阿多俊介、佐藤堅司、金谷治、天野鎮雄、安藤亮、岡村誠之の各氏の本が出ていて盛観である。--大橋先生「兵書抜粋」より

マキャベリ(1469〜1527) 君主論(1513年)・政略論(1517年) ― 解説    これはルネッサンス期のイタリアで活躍した特異な天才ニッコロ・マキャベリ(1469〜1527)の著書である。原名はプリンシップおよびディスコルシ。  わが国の足利後期にあたる当時のイタリアも戦国時代で、外敵集中攻撃の脅威下にあるにもかかわらず、小国に分立して内戦に熱中し、しかも各小国の指導者たちは、その 小国内で、階級と党派間の闘争に没頭していたのである(イタリアの内外情勢の図)。  マキャベリはこの小国の一つ、都市国家フィレンツェにおける外交と軍事の機務に携わること十四年に及び、その間イタリア内の諸国はもちろん、フランス、ドイツ、スイ スの諸外国を駈け回って縦横に才腕を揮うとともに、異色ある各国の君主や実力者などにじかに接して、その統治、外交、軍事の実体を見聞し、体験した。そして彼は、この 難局において、祖国フィレンツェを防衛し繁栄させるとともに、統一イタリアを実現して、外国勢力を駆逐することに精根を傾けたのである。君主論・政略論はその経験とロ ーマ史研究にもとづく信念を結集し、ヨーロッパで初めて科学的総合的に国家戦略というものをまとめあげた兵書であり、同時に彼の悲願を結晶させた憂国の書である。  マキャベリが最も関心を持ったのは政治であるが、その問題の中で重視したのは軍事であり、彼の主張はヨーロッパにおける近代兵学の源流をなして、フリードリッヒ大王 やナポレオンなどの兵術とクラウゼウィッツの兵学に大きく影響している。  マキャベリに似た人物を現代に求めればキッシンジャーであるが、大きく違っている点が一つある。それはフィレンツェが政戦略上の要域に位置し、大きな富をもっていた にもかかわらず、アメリカのように自らの武力を持たなかったことで、そのために、彼の立場は非常に苦しいものになり、それだけに君主論・政略論の主張は非情痛烈なもの がある--大橋先生「兵書抜粋」より

新釈・「孫子」

新釈・孫子

新釈 孫子

二五○○年前の兵書がなぜこのように現代に通ずるか。他の古典はそうでないとはいわないが、『孫子』の場合は顕著である。理由はいくつかある。その第一は、兵書でありながら戦争を人類の敵とみていて、好戦的でないことだ。これは『孫子』を熟読した結果わかったことである。著者の孫武は、人間は安定した社会体制の下で協同で仕事をして豊かな人生を送り、天寿を全うするのが最も望ましいと考えていたようだ。黄河文明の研究成果と思うが、安定した豊かな人生を送るのが幸福とみていることはまことに現代的である。 しかしこの考え方は、身分制度の厳しい乱世の春秋時代の社会通念下では異端である。だから当時の社会の歴史学的研究からは、『孫子』はかえって理解しにくいのではないかとさえ思う。『孫子』の理解には、むしろ『孫子』そのものを熟読玩味するしかないのではないか。それだけ『孫子』の著者の意識は進んでいたのである。 天野鎮雄博士は、「孫子は宇宙の目から戦争を捉えている」と述べているが、換言すれば、「現代的センス」で戦争を捉えているということではなかろうか。第二は自然界の原理や人間の性をよく研究し、その仕組みやルールに余計な彩りを加えずに用兵原則を作っていることだ。自然界の原理や人間の性は、二五○○年前も今も変わらない。むしろ物質文明が進んでいないだけに、自然界の仕組やルールは捉えやすい。とはいえ慎重な『孫子』は、それを『易』の二元論を研究し、黄河文明を作った原理から捉えているのである。 中略・・・このように『孫子』はすぐれた書である。だが現代の書物に比し、“簡古隠微”(かんこいんび、簡単で古色を帯び、実体がかすかでわかりにくい)といわれるほど解読がむずかしい。簡潔すぎる文章の壁、兵書解読に必要な軍事知識の壁、それも目に見える戦術的用兵ではなく、その奥にあって戦術的用兵を動かしている戦略原理の壁である。 さらにその戦略原則を処世、経営、ビジネス面に活かすには、軍事と経済常識をもってする橋渡しが必要だ。これらの障害除去は、大地震直後の瓦礫に埋もれた人命救出にも似ているが、その瓦礫を少しでも取り除いて、読者諸賢の理解を容易にするように努めたのが本文庫版である。-- 武岡先生「新釈 孫子」(PHP文庫)より 2000年(H12)6月 おわりにー本書を活用し「孫子」を学ぶ人へ より --

マキャベリ兵法

マキャベリ兵法

マキャベリ兵法

彼の言葉は非情痛烈で、人間の本質をふまえており、われわれとしても、正直思いあたるところが少なくなく、まさにわれわれ自身のはらわたをつかみ出して見せつけられる思いがする。マキャベリの本を読むと溜息が出る。そしてつくづく思うことは人間の偉大さと愚かしさである。人間は偉大であり、知恵を持ち、すばらしい仕事をするが、一つ調子が狂うと愚劣きわまることに没頭する。特に集団で動く場合にはそれがひどく、結局痛い目にあわないと、破滅への突進をやめない。しかし、これが人間の本来の姿であるとすればやむを得ない。マキャベリは、あらゆる虚飾をはぎとった人間本来の姿を直視して、手落ちのない対策を用意する必要を説いているのであり、決して悪徳をすすめているのではない。-- 大橋先生「マキャベリ兵法」(PHP文庫2013年(H25)11月)より

〇 積極的に立ち向かえ(政略論-78・83、君主論-50)一五一二年、神聖同盟軍が北イタリアでフランスと戦った時のフィレンツェのように、結局は無関係であることを許されない場合には、君主は断然どちらかの味方をしなければならない。本来、いかなる国でも、常に安全策をとってばかりはいられず、むしろ、いつも冒険策を選ばねばならないものと考えるべきで、世の中のことは、当面の苦難を回避すれば、その後なんの苦難にもあわないですむというわけにはいかないのである。しょせん避けられない苦難であるとすれば、進んでこれに立ち向かい、よくその実態を確かめ、なるべく損害の少ないようにこれを処理することを考えるのが賢明である。-- 大橋先生「マキャベリ兵法」(PHP文庫2013年(H25)11月)より

〇 運命を管理せよ(君主論-61)運命は河である 運命には勝てないといわれているが、運命が支配できるのは人間の半分だけで、あとの半分は、運命もわれわれ自身の支配にまかせている。運命は河である。怒り出すと手に負えないが、堤防やダムによってその猛威をそらすことはできる。時勢に乗れ 君主自身には何の変りもなく、運命に任せきっているのに、今日栄えている者が明日滅びるようなことがよく起きるのはなぜだろう。それは運命の方が変るからである。運命にまかせている者は運命と盛衰をともにする。運命を無視して全然変らない者はある時は栄え、ある時は滅びる。運命の変転と自分のやり方の調和に成功した者だけが、いつも幸福でおれることになる。変化する時勢に自分のやり方を調和させることができるかどうかが、君主の成功不成功を決する鍵であるが、これがまたなかなかむずかしい。人間はその本来の性質を変えることのできないものであり、特に今まで成功してきた方法を放棄する決断が不足するのは残念である。そのため多くの人が、時勢の変転に調和できなくて不幸になっている。 -- 大橋先生「マキャベリ兵法」(PHP文庫2013年(H25)11月)より

〇 君主は将軍の名声を喜ばない(政略論-27)君主は疑い深く、自分の地位が危なくなるのではないか?とつねに心配しているものである。戦地に派遣された将軍が大勝して名声を博すると、君主はまず喜び、次に不安を感じる。そして、いったん芽生えたこの不信感は、戦勝将軍の思い上がった言動に刺激されるようなことでもあれば、いよいよ高まるばかりになる。元来、君主というものは、自分の地位の安泰ということを第一に考え、そのためには手段を選ばない通有性がある。したがって不信感が爆発すると、感謝しなければならない戦勝将軍を殺したり、その名声を落とす策謀までもしかねない。−中略ーこのように、常識では考えられないほどの猜疑心は、どんな人でも君主になれば、その心の底には必ず持つことになる、いわば君主に備わった本性であって、いかに自戒しても、この悪徳から逃れ切ることはできない。それに、功績に酬いることは大変な負担になるが、功績を罰することは楽であり、金もかからないし、財産没収などによる利益もある。君主のために大きな働きをした名将たちが、意外に不幸な末路をたどることの多いのは、このためである。出征将軍を信じ、これに酬いることのできない君主は、初期ローマの皇帝のように、自ら外征軍の陣頭に立つべきである。軍の指揮をとろうともせず、宮中にあって徒らに猜疑心や嫉妬心に苦しむことなど、まことに愚かなことである。君主がこのように愚かなものであるとすれば、その部下たる出征将軍の生きる道は次の二つよりほかない。一、勝利を得たらすぐ戦列をはなれて君主のもとに帰り、おとなしくしていて、功績を誇るような素振りも見せない。二、戦勝によって得たものの一切を自分のものにして、君主に渡さず、独立自衛の策をたてる。多くの将軍は、この二策のどちらにも徹底できず、中途半端な行動に出て自滅する。-- 大橋先生「マキャベリ兵法」(PHP文庫2013年(H25)11月)より

孫子 --大橋先生「兵書抜粋」より

戦理

  • 善く戦う者は、人を致して人に致されず。
  • 兵は利にあらざれば動かさず、得るにあらざれば用いず、危きにあらざれば戦わず。
  • 百戦百勝は善の善なるものにあらず、戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり。
  • 上兵は謀を伐ち、その次は交を伐つ、その次は兵を伐つ、その下は城を攻む。
  • 兵は拙速を聞くも、巧久を見ず、兵久しくして国に利ある者、未だ之あらざるなり。
  • 水は高きを避けて低きに赴き、兵は実を避けて虚を伐つ、水は地によりて流れを制し、兵は敵によりて勝を 制す、故に、兵に常勢なく、水に常形なし。
  • 兵は詭道なり、能にして不能を示し、用にして不用を示し、備えなきを攻め、その不意に出ず。
  • 善く戦う者は、勝ち易きに勝つ、善く戦う者の勝つや、智名もなく勇功もなし。
  • 戦いは、正を以って合い、奇を以って勝つ、善く奇を出すもの、窮りなきこと天地の如く、竭きざること江 河の如し。奇の変、あげて窮む可からず、たれか能く之を窮めん。
  • 兵は詐を以って立ち、利を以って動き、分合を以って変となす。故にその疾きこと風の如く、徐なること林 の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如し、知り難きこと陰の如く、動くこと雷震の如く。
  • 激水の疾き、石を漂わすに至るは勢いなり。鷲鳥の疾き、毀折に至るは節なり。
  • 人を形して、我無形なれば、我専らにして一となり、敵分かれて十となる。これ十を以って一を攻むるなり 。
  • 善く戦う者は、先ず勝つべからざるをなして、敵の勝つべきを待つ。
  • 守るは足らざればなり、攻むるは余りあればなり。
  • 師を囲めば必ず欠き、窮敵には迫るなかれ。
  • 初め処女の如く、後は脱兎の如し。
  • 死地にはすなわち戦え。
  • 戦い勝ち、攻めとりて、その功を修めざるものは凶なり。

マキャベリ --大橋先生「兵書抜粋」より

君主論

  • 武力があれば侵略はできるが、住民の心を得なくては、これを維持できない。
  • いったん謀反により失った領土を再び手に入れた場合は、今度は容易に失うことはない。
  • 人間は大いなる迫害に対しては復讐できない。
  • 戦争を避けることばかり考えていれば、ますます不利になる。時は、善をも悪をもかまわず連れてくる。
  • 他国が強くなるのを助ける国民は自滅する。
  • 自治制国家を占領したら、国民を抹殺するか、君主自らそこに住め。
  • 反乱者は、いかに恩恵を与えても、かつての自由を口実として、また反乱する。
  • 実力によって君主となる者は、征服には困難するが、征服後の維持には困難しない。
  • 征服国には、新しい秩序や政治様式を導入しなければならないが、これには大きな困難がある。 従来の秩序や政治様式の恩恵を受けてきた者は結束してこれに反対し、機敏積極的であるが、新しい秩序  や政治様式の導入を支持すべき者は、それに反対する不信感と旧勢力に対する恐怖感を拭い切れず、 消極緩慢だからである。
  • 武器なき預言者(聖者・人格者)は滅びる。道徳だけで治めていた国は必ず武力で滅ぼされている。(韓非子)
  • 他人の武力または自らの幸運によって国を手に入れた君主は、すぐ裏付施策をしないと危ない。しかし、これは難しい。建物をたててしまってから基礎工事をするようなものだからである。
  • 君主は人を捨てることを知れ。
  • 悪虐君主でも、悪虐を繰り返さねば成功する。
  • 好ましくないことは、一度に全部やってしまえ。
  • 人間は、迫害を受けると思った者からわずかな恩恵を受けると、感激する。 終戦後、マッカーサー万歳!といった日本人がいた。
  • 君主は、民衆の支持を得ていると錯覚してはならない。 彼らが「わが君のためには死をも辞さない」というのは、死を必要としないときだけである。
  • 民衆の支持を得た代官は君主を倒すことができる。
  • 属領(主戦場以外の正面)のために戦力をさくな。
  • 人間は、人に恩恵を与えると、恩恵を受けたのと同じぐらい、その人のために尽くす。 たくさん寄進した者ほど熱心な信者となる。
  • 国の基礎をなすものは、良い法律と良い武力である。
  • スイス人は、外国援軍が負ければ敵に滅ぼされ、勝てば彼らの虜にされる。 援軍は、その実戦わざるなり。(尉繚子)
  • 君主は軍事に専念せよ。 経営者は経営に専念せよ。(P.F ドラッカー)
  • 君主には悪徳も必要である。どの程度まで善人であればよいかをわきまえておれ。 経営にとって、人格者ほど危ないものはない。(井上準之助) 経営者には横着さと神経の太さが必要である。(越後正一)
  • 君主は、あるときは善をなし、あるときは悪ができねばならない。悪人との妥協も必要である。 国を滅ぼすような悪や国の存亡に関係のない悪をしてはならない。
  • 君主の美徳が国を滅ぼし、悪徳が国を栄えさすことがある。
  • 君主は吝であれ。気前がよくても増税すれば怨まれる。君主の気前よさの恩恵に浴する者は近くにいる少数 であるが、その被害者は多数である。
  • 人民は単純であり、目先の利益によろめき、明日の致命的不利を思わない。
  • 君主に大切なことは、真義を守り、仁慈、誠実で、人情にあつく、信心深そうに見えることである。 本当にそうであり、常にそのすべてを実行すれば失敗する。善く見せかけることは容易である。 人民は外見と結果だけで判断する。 虚名の威力は絶大である。
  • 君主は憎まれたり、見くびられたりしてはならない。
  • 重臣や側近から「不決断なり!」と見くびられた君主は危ない。
  • 君主に強い軍隊があるかぎり、善良なる同盟国に不自由することはない。 金がなくなると、悪友も寄りつかない。
  • 君主は愛されるより恐れられよ。恐れられるほうが安全である。
  • 君主は恐れられてもよいが、恨まれてはいけない。
  • 君主は、真義など守らなくてもよいことがある。
  • 狐をよくまねる者ほど成功する。
  • 不平家に反乱の本心を打ち明けた者は、必ずその不平家を満足させねばならない。密告するぞ・・・と脅され るからである。
  • 君主が憎まれる原因には、悪行と善行の二つがある。
  • ピサを治めるには城塞をもってし、ピストイアを治めるには派閥争いをさせる。
  • ことさらに敵を作り、これを滅ぼして名声をあげよ。
  • 侵略者を率先歓迎する者は信じられない。
  • 新君主が尊敬を集めようと思ったら、人々の度肝をぬけ。 ナポレオンはただ勝つだけでは権威を獲得できなかった。そのため彼は冬のアルプスを越えて見せた。
  • 決断力のない君主は中立に逃避して滅びる。
  • 味方でない国には中立をせまり、中立したら、わが国のために武器をとらせる。
  • 自国より強い国の手を借りるな。 たとい勝っても、獲物を横取りされ、悪くすれば自身がその国の捕虜にされる。
  • 君主の頭脳の程度は、その宰相をみればわかる。
  • 君主は宰相を優遇せよ。しかし与えるもの以上を望ませるな。
  • へつらい者を避けるには、賢い側近をえらび、その者たちだけに直言させよ。
  • 進言を生かすものは君主自身である。良い進言は君主の深い思慮から生まれるべきであり、良い進言から 君主の深い思慮が生まれるようではいけない。
  • 運命は河である。阻止はできないが管理はできる。
  • 自分自身を運命にまかせている者は、運命とともに浮沈する。自分のやり方と運命の波動とを調和させた者 は、つねに幸福である。
  • 運命の神は女性である。彼女を征服するには叩いたり、突飛ばしたりする必要がある。
  • 運命は女性に似て若者の友であり、無分別で、荒々しく、大胆なところに魅力を感じる。
  • やむにやまれぬときの戦いは正義であり、他に方法がないときの武力行使もまた神聖である。

※ このWEBサイトは、amazon.co.jp のアソシエイトプログラムで、大橋武夫先生・武岡淳彦先生の著された「兵法」「戦略・戦術」の奥義をご紹介させていただきます。