本文へスキップ

兵法塾は大橋先生・武岡先生直伝の兵法、戦略・戦術の奥義を紹介させていただきます。

大橋先生言行録CONCEPT

大橋先生言行録 --ピンチはチャンス--

ピンチはチャンス この言葉は私が本来提唱してきた「兵法経営論」を貫く根本的な主張である。ピンチとチャンスは同じ姿をしている。したがって、恐ろしいときや苦しいときには、ピンチとチャンスの見分けがつかなくなり、同じ状況でも、名将はこれをチャンスと見、凡将はこれをピンチと見、双方が凡将なら、ともに負けたと思って退却するようなことが起きるのである。---「兵法経営塾」(マネジメント社 1984年(S59)4月)より---

逆境を順境に変える秘訣

一、積極的思考をする気力をもつこと。 相撲で土俵ぎわに押し詰められた姿勢は、一般的にはピンチであるが、打っちゃりの機会を狙っている力士にはチャンスである。その違いは本人が「負けまい」と思っているのか、「勝ってやろう」と思っているのかの違いである。

二、なんでもよいから、一つ自信のある能力をもつこと。 「友がみな われよりえらく 見ゆる日よ 花を買い来て 妻と親しむ」石川啄木の詩である。こんな気持ちになることは我々にもよくある。学校時代は同級生がみな秀才に見え、会社に入れば同僚はみなかなわない有能者である。企業研修に出れば、みな錚々たる連中ばかりで、これでは課長はおろか係長にもなれそうもない。社長になって同業者の会合に出れば、どこの社長もみな颯爽としていて、資金ぐりや技術的行きづまりに苦しんでいるような顔はひとつもない、どう考えても自分の会社が生きのびる見込みなどない。啄木でなくても家へ引きこもりたくなるのが人情である。しかし、ここで一つ、心の置き所を変えて見直してみよう。すべての点で他人より劣っている自分でも、なにか一つくらいは人並み以上のところがありそうなものではないか・・・・。どんなことでもよい。自分に人並みなところが一つでもあったらこれを取り上げ、これを人並み以上に育て上げてみようではないか。それで人生は勝てる。

三、身を落すことに勇敢であること。 定年退職で第二の人生を踏み出した人、会社の倒産などで今までの地位と収入を失った人などのその後の様子を見るに、その身の処し方に二通りある。横すべりをして、なんとか今までのレベルを下げないように焦る人と、思い切りよくどん底まで飛びおり、そこからやり直そうとする人とである。崖から落ちた場合、一番苦しいのは途中でなにかに噛り付き、踏みとどまって、よじ登ろうとしているときである。十メートルや三十メートルの崖なら、無理をしないで崖下まで滑り落ち、ゆっくり休み、体力と気力を回復してから、勢いをつけてやり直すことである。人生もこれと同様で、勇気をもってどん底まで落ち、原点に戻ってしっかり足もとを固めてから、勢いをつけて登り直した人々は、途中でもがいているかつての同僚よりも早く崖上に戻り、全勢を利用して前の地位と収入よりも、高い所に飛び上がっている。非常に勇気のいることであるが、昔から言われている「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」である。会社が倒産したり、斜陽化したりした場合には、社長はかつての盛時を思い出して悄然とするものであるが、こんなときには原点を思い出すことが肝心である。創業の時を考えるのである。金も、施設も、人もなかったときのことを考えれば、現在の状態がいかに恵まれているかがわかり、勇気が出る。原点に戻ってやり直すことである。

四、平素から、組織を離れ、肩書きをなくしたときの自分をよく認識していること。 敗戦によって軍が崩壊し、裸でほうり出されたとき。敗戦はショックで、国の運命が心配であり、もちろん自分自身が食っていける見通しもなかった。地位と給料を奪われ、食っていく自信を失って、悄然として町を歩いていた私は、赤ん坊を背負って店頭で奮闘している八百屋の若いかみさんを見て、ハッ!とした。彼女が食っているのに自分が食えないはずはないではないか? と思い、なにか取り柄はないかと、自分の身体をしみじみと見まわしたら、ようやく二つ見付かった。それは身体の丈夫なことと、自動車の運転が出来ることである。日通のトラックの運転手、それが再起の第一歩となった。 ---「立身出世のすすめ」(高木書房 1981年(S56)11月)---「ピンチはチャンス」(マネジメント社 1986年(S61)7月「ピンチはチャンス」電子書籍 Kindle版)---「決心十三則」(マネジメント社 1987年(S62)1月)---より

マキャベリ 兵法

CEO

マキャベリ 兵法 電子書籍 Kindle版

マキャベリ兵法

彼の言葉は非情痛烈で、人間の本質をふまえており、われわれとしても、正直思いあたるところが少なくなく、まさにわれわれ自身のはらわたをつかみ出して見せつけられる思いがする。マキャベリの本を読むと溜息が出る。そしてつくづく思うことは人間の偉大さと愚かしさである。人間は偉大であり、知恵を持ち、すばらしい仕事をするが、一つ調子が狂うと愚劣きわまることに没頭する。特に集団で動く場合にはそれがひどく、結局痛い目にあわないと、破滅への突進をやめない。しかし、これが人間の本来の姿であるとすればやむを得ない。マキャベリは、あらゆる虚飾をはぎとった人間本来の姿を直視して、手落ちのない対策を用意する必要を説いているのであり、決して悪徳をすすめているのではない。- マキャベリ兵法 (PHP文庫)より -

〇 積極的に立ち向かえ(政略論-78・83、君主論-50)一五一二年、神聖同盟軍が北イタリアでフランスと戦った時のフィレンツェのように、結局は無関係であることを許されない場合には、君主は断然どちらかの味方をしなければならない。本来、いかなる国でも、常に安全策をとってばかりはいられず、むしろ、いつも冒険策を選ばねばならないものと考えるべきで、世の中のことは、当面の苦難を回避すれば、その後なんの苦難にもあわないですむというわけにはいかないのである。しょせん避けられない苦難であるとすれば、進んでこれに立ち向かい、よくその実態を確かめ、なるべく損害の少ないようにこれを処理することを考えるのが賢明である。- マキャベリ兵法 (PHP文庫)より -

〇 運命を管理せよ(君主論-61)運命は河である 運命には勝てないといわれているが、運命が支配できるのは人間の半分だけで、あとの半分は、運命もわれわれ自身の支配にまかせている。運命は河である。怒り出すと手に負えないが、堤防やダムによってその猛威をそらすことはできる。時勢に乗れ 君主自身には何の変りもなく、運命に任せきっているのに、今日栄えている者が明日滅びるようなことがよく起きるのはなぜだろう。それは運命の方が変るからである。運命にまかせている者は運命と盛衰をともにする。運命を無視して全然変らない者はある時は栄え、ある時は滅びる。運命の変転と自分のやり方の調和に成功した者だけが、いつも幸福でおれることになる。変化する時勢に自分のやり方を調和させることができるかどうかが、君主の成功不成功を決する鍵であるが、これがまたなかなかむずかしい。人間はその本来の性質を変えることのできないものであり、特に今まで成功してきた方法を放棄する決断が不足するのは残念である。そのため多くの人が、時勢の変転に調和できなくて不幸になっている。- マキャベリ兵法 (PHP文庫)より -

〇 君主は将軍の名声を喜ばない(政略論-27)君主は疑い深く、自分の地位が危なくなるのではないか?とつねに心配しているものである。戦地に派遣された将軍が大勝して名声を博すると、君主はまず喜び、次に不安を感じる。そして、いったん芽生えたこの不信感は、戦勝将軍の思い上がった言動に刺激されるようなことでもあれば、いよいよ高まるばかりになる。元来、君主というものは、自分の地位の安泰ということを第一に考え、そのためには手段を選ばない通有性がある。したがって不信感が爆発すると、感謝しなければならない戦勝将軍を殺したり、その名声を落とす策謀までもしかねない。−中略ーこのように、常識では考えられないほどの猜疑心は、どんな人でも君主になれば、その心の底には必ず持つことになる、いわば君主に備わった本性であって、いかに自戒しても、この悪徳から逃れ切ることはできない。それに、功績に酬いることは大変な負担になるが、功績を罰することは楽であり、金もかからないし、財産没収などによる利益もある。君主のために大きな働きをした名将たちが、意外に不幸な末路をたどることの多いのは、このためである。出征将軍を信じ、これに酬いることのできない君主は、初期ローマの皇帝のように、自ら外征軍の陣頭に立つべきである。軍の指揮をとろうともせず、宮中にあって徒らに猜疑心や嫉妬心に苦しむことなど、まことに愚かなことである。君主がこのように愚かなものであるとすれば、その部下たる出征将軍の生きる道は次の二つよりほかない。一、勝利を得たらすぐ戦列をはなれて君主のもとに帰り、おとなしくしていて、功績を誇るような素振りも見せない。二、戦勝によって得たものの一切を自分のものにして、君主に渡さず、独立自衛の策をたてる。多くの将軍は、この二策のどちらにも徹底できず、中途半端な行動に出て自滅する。- マキャベリ兵法 (PHP文庫)より -

大橋先生言行録

● 兵法は策ではない ● 兵法の極意 ● 兵書を経営に利用するには ● 日本の兵法である ● 現代企業の盲点 ● 努力は権威である ● 妥協は利益である ● 号令・命令・訓令・情報 ● 日本は目的を誤っていた ● 国益本位の「国家戦略」 ● 我々は「敵」を見誤っていた ● 領土を求める必要はない

  • 兵法は策ではない △ 「兵法は策である」という誤解が生まれるのは、「孫子」、第一篇(始計)に「兵は詭道なり」とあり、また「戦国策」や「三十六計」などが色々な奇策を並べ立てているためであろうが、 「孫子」、第五篇(勢篇)に「戦いは、正を以て合し、奇を以て勝つ」とあり、正の努力の必要を説いているのを見落してはならない。また「戦わずして勝つ」ためには「戦ったら勝つ」だけの実力を持ち、それをいつでも効果的に発動できる準備を十分にしておかねばならない。このことに気づかず、ただあれこれと策をめぐらすことだけで勝てると思うから、策士策に溺れることになる。兵法はむしろ合理性を追求するものである。なんとなれば、仕事というものは、ただ努力さえすれば成功するというものではない。相手のある仕事、とくに組織を率いてこれに挑戦する場合には、ある種の法則すなわち兵法の理にかなった行動をとることが必要で、これを無視した努力はいかに熱心に推進しても「労多くして功少なし」の嘆を招くことになる。---「兵法経営塾」(マネジメント社 1984年(S59)4月)より---
  • 兵法の極意 △ 兵法の本来は、策ではない。情理をつくした統御と的確なる指揮(合理的な状況判断、勇気ある決心、不屈な実行力)と、かつ教えかつ戦う人間育成によって、組織の力を効果的に発揮させることにある。兵法の要は「組織を率いて勝負に勝つ」ことで、それは多数の人間の命を賭けた真剣勝負である。勝負には相手があり、相手は我を斃そうとする。また組織を率いるには、多数の人間の意志をコントロールしなくてはならないが、意思の自由の本能を有する人間はこれを忌避する。このように「組織を率いて勝負する」ことは、本質的に自分の思うようにならない人間の心を対象にして仕事をしなければならない難しいものである。人の心をつかむには、まずできるだけ合理的に進めて、その理性を納得させておいてから、その後、理論を超越して、その感情を爆発させねばならない。組織を率いて勝負する兵法のむずかしさはここにある。---「兵法経営塾」(マネジメント社 1984年(S59)4月)より---
  • 兵書を経営に利用するには △ 兵書には「敵」という言葉がよく出て来る。これを「経営」に利用される方は、この「敵」を商売仇や競争相手と置き換えられることが多い。しかしこれでは兵書の一番よいところを逃がしてしまう恐れがある。どうか「敵」とは「困難な仕事」と思って頂きたい。---「兵法 孫子」(マネジメント社 1980年(S55)10月)「兵法 孫子」(PHP文庫)2005年より---
  • 日本の兵法である △ この本は「兵法経営塾」の内容を皆さんにご紹介するつもりで書いたが、出来上がったのを読みかえすと、そのことはもちろん、それ以外にもいろいろなものになっていることがわかる。----- 兵法と言えば直ちに「孫子の兵法」を連想するのが普通であるが、二十一講に記述したように、私の兵法は決して「孫子の兵法」ではなく、まして絶対に策を主とするものではない。私の提唱する兵法は適切な判断にもとづく誠実な努力を主張する「日本の兵法」である。「孫子」「マキャベリ」「クラウゼウィッツ」「統帥綱領」「作戦要務令」など、広く古今東西の代表的兵書を研究し、そのうちから現代の日本人に最も適応したものを選んで、経営的に編成したものである。我々は日本人であるから、私はまず、「統帥綱領」と「作戦要務令」を取り上げたが、敗戦の経験に鑑みて取捨した。そして、これらが国民の忠誠心を基盤として組み立てていて、そのまま経営に適用すれば、とくに部下から裏切られる欠点のあることを考え、性悪説にもとづく合理主義に徹した「マキャベリ兵法」と「クラウゼウィッツ兵法」を取り上げ、それがあまりにも戦闘的である点を緩和する意味で「戦わずして勝つ」の「孫子」を加味した。そして、これらの材料を私自身の三十年に近い社長生活に実用して見た結果が、この本に掲げた「兵法経営」なのである。----- ※ 「闘戦経」を見直す。昭和五十七年に私家版を出すときには、そのむずかしい文字と文章につくづく閉口し、「実地を知らない学者の文字遊びだ」と軽蔑する感じが、正直のところ、ないとは言えなかったが、しかし今回、一応解釈をマスターした眼で、余裕をもって見直すと、誇大妄想的な記述の裏から、すばらしい真理の言葉が浮かび上がって来、成るほどと関心させられるものが多い。匡房の本音を端的に言えば「我々は先ず日本人としての本来の姿を認識し、それに適応するように「孫子」を取捨せよ。それでないと「孫子」の欠点である策に流れて着実な努力をすることを忘れ、中国のようにいつまでも騒乱を繰り返し、外敵の侮りを受けることになる」と心配しているのであり、現代の我々にとっても傾聴に価する忠言である。この次書くときには、物々しい文句や例え話しを全部削除して、大江匡房のこの本音をつかみ出して、皆さんにご覧に入れ、さらに多くの方々に活用していただきたいと思う。なお、この本には、当時の歴史と人心の動向がにじみ出ていて興味深いものがある。---「兵法経営塾」(マネジメント社 1984年(S59)4月)より---
  • 現代企業の盲点 ※--「統率」-- △ 兵法経営塾で講義しているうちに、私は以外なことを発見した。一流企業でも、経営で一番重要な、組織運用の鍵ともいうべき統率について、本格的な構えを持っていないことである。おや!と思って見直すと、一流大学でも統率についての専門講座はないようである。思えばそれも無理のないことで、統率を本職とする軍の幹部を養成するかつての陸軍士官学校や海軍兵学校にもそれはなかったし、まして参謀養成を目的として作られた陸海軍大学校にそれがあるはずはない。わずかに陸軍幼年学校(十四〜六歳の少年を教育する陸軍士官学校の予備校)で偉人、名将伝について話されただけである。したがって我々は、指揮と言えば、部隊運動の号令をかけることぐらいにしか、考えていなかった。現代の企業が統率に迂闊であるのも、無理からぬことである。しかし、その結果、統率や指導の理論化ができておらず、とくにその定義がはっきりしていない。そのため、これについて研究しても、理論がよくかみ合わなくて、的確な結論がでないのである。もっとも統率の理論を知らないから、それができないか、というと決してそうではない。統率の理論ができていなくても、数百万の軍隊は整然と戦っていたし、多くの会社はけっこう繁栄している。ただ我々は何となく統率していたのだ。そのため必ずしも的確に人を動かしていたとは言えないし、たまたまこれを立派に実行している人があっても、意識し、理論化されたものではないので、そのノウハウをずばりと人に伝えることができなかった。---「兵法経営塾」(マネジメント社 1984年(S59)4月)より--- 凡人の、凡人による凡人のための「統率と指導」---私が自著で、統率の理論化に挑戦したのは、こんなことを考えたためであるが、残念なことに、統率・指導は人間の心に関するものだけに、いくら努力しても、ある程度から先はどうしても理論化できない。しかし、実用的にはある程度までは理論で追求し、原則化することはできるものであり、現在までの残念さは、その程度が可能な限度限度よりはるかに低位にあることで、我々はもっと理論化の範囲を広げねばならないと思う。我々は統率・指導法修得の手段として、多くの偉人たちの実例を教えられた。まず偉人から学ばねばならないが、偉人を真似るのは無意味である。我々がいくら努力しても明天子や織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、のような名将にはなれっこないからである。我々としては誰にでもできる統率の方法を追求すべきであり、「凡人の凡人による凡人のための統率」を求めたい。---「兵法経営塾」(マネジメント社 1984年(S59)4月)より--- 私は二十年間部隊長として戦地で戦い、二十五年間社長をつとめたが、その間一度も利益と恐怖による統率を意識したことはない。しかしよく考えれば、私の人情統御は陸軍刑法という峻厳な軍律によってサポートされていたし、就業規則に支援されていた。お釈迦様の掌上にいて、千里を走ったと思っていた孫悟空のようなものだったことに気づいたのはこのごろである。---「人は何によって動くのか」(PHP 1987年(S62)7月「人は何によって動くのか」PHP文庫1991年)より---
  • 努力は権威である △ 統率力は、権威の波に乗せると、急速に伝播する。権威のない者がいくら良いことを言っても、人は動かない。統率者はなんらかの意味において権威を持たねばならない。権威には公的権威と私的権威とがある。公的権威とは、部課長、(中隊長・連隊長・師団長・情報参謀・作戦参謀)などの役職に任命されることによるもので、組織の力をバックとする権限によって生じるものである。私的権威とは、個人の身についた能力や人徳によって生ずるもので、任命によって得られるものではない。同じ条件の人間が集まっている集団でも、自然にリーダー格にのし上がるものがある。動物の世界ではケンカに勝ったボスであるが、人間社会では、まめに団体の世話をするものがそうなる。一生懸命に努力している者のいうことは、少々無理でも従わざるをえないのである。努力は権威である。権威を保とうとして無理をし、つねに寸分の隙もなく構えているのは愚かである。部下を持つものは無邪気な隙のある方がよい。また権威はつねに愛情によって裏付けされている必要がある。( 「一番いやな仕事を進んで引き受ける者には、自然に権威がつく」・「幹部の権威をつけるための最良の方法は、部下が困っている仕事を解決してやることである」・「批判の対象となった権威は、もはや権威ではない」・「権威を持ち、宗教(愛情・慈悲・いたわり)を失える君主は暴君となる」 )---「座右の銘 」(マネジメント社 1978年(S53)1月)「座右の銘 」三笠書房知的生きかた文庫 1984年(S59)11月)より--
  • 妥協は利益である(人間の欲望には際限がない) △ 妥協とはお互いが利益を主張し、折れ合って事を都合よくまとめることである。人間の欲望には際限がなく、人間が求める利益は無限には存在しない。こんな人間が集まっている社会で、限りある利益の取り合いをすれば、互いに傷つくばかりでなく、社会そのものが崩壊してしまう。人間が人間たるところは、このような動物的本能をコントロールする管理能力を持つところであるが、動物に近い人間はこの管理能力が不足するため喧嘩になってしまう。これを国際関係でみれば「戦争」である。戦争ほど愚かなものはないが、古来人間は性こりもなく戦争を繰り返してきたのは情けないことである。情けないが、人間社会はこれからも戦争を性こりもなく続けていくことだろう ・・・・ 。    
  • マンネルハイム元帥(フィンランド)の勇気ある妥協で大国ソ連に二度も無条件降伏をしながらも、傀儡政権も許さず、独立を守った
  • 遊佐幸平少将(馬術名人)の御馬哲学、「鞍上人なく、鞍下馬なし」というのは、実は「鞍上人あり、鞍下馬あり」の極致の姿である。           
  • 現代社会において、発展するための必要不可欠の要素とされ、同時に発展を阻害する諸悪の根源とも言われている階級闘争や労使闘争も、遊佐哲学を以てすれば、全面的に歓迎すべきものとなる。したがって、会社に労組がないということは決して自慢にならないし、部下が反抗してくれることは、心の通じあう前工程として喜ぶべきものとなる。    
  • 会議とは主張し妥協することである。会議のための十三ヶ条、議長の役割と表の会議、裏の会議が必要である。学者はあくまで真理を追求するもので、妥協は許されないが、我々実際家には好機を逸してはならないという制約がある。いくら良い製品を作っても夏物を秋に売り出しては落第である。したがって「助長補短のできた第三案は、それのできていない第一案に数等優る」    
  • 車の運転は主張し妥協することである・・・事故のほとんどは、交差点などの、彼我意思の衝突するところで、主張と妥協に失敗したときに起きている。    
  • かつて世界に君臨した大ローマ帝国も、その繁栄の歴史の一面は激しい階級闘争と権力闘争の連続であったが、激烈ではあるが、決して枠の外にはみだすことなく、賢明な妥協によってそれを発展の基礎造りにまで結実させた。    
  • 損して得とれ。仲良く仕事をした仲間同士でも、いざ、その利益を分け合う段になると喧嘩になりがちである。うまく妥協する方法はないものであろうか? それは簡単なことである。相手より多く取ろうとさえしなければよい。四分六分に分けて、六分を取れば嫌われるが、六分を与えれば間違いなく喜ばれる。お互いに六分を与える気持ちになるがよい。もっとも人間は欲張りであるから、自分では六分を与えたつもりでも、第三者からみれば五分以下であろうから、思い切って三分の二を相手にやる決断をしなくてはいけないかもしれない。「三分の二を与えれば、自分の取り分は三分の一しかないが、そんな仕事を三つもすれば、全部取ったと同じになる。彼と共同で仕事をすれば必ず余計に利益をくれるという評判がたてば、良い仕事を持ち込んでくる友人はどんどん増え、仕事に不自由することはない。一つの仕事で三分の二の利益を相手に与えることぐらいはなんでもないことである」 ---「図解 兵法 」(マネジメント社 1976年(S51)4月)「立身出世のすすめ」(高木書房 1981年(S56)11月)より---
  • 号令・命令・訓令・情報 △ 命令しないからトラブルが起きる。我々は本能的に命令を嫌う傾向にあるが、しかし、それは命令というものを理解していないためであり、真剣な仕事をしていないことによるものである。企業に不祥事件が起きたとき、部長などの中間管理職が責任を感じ、あるいは上司に対する立場上窮地に陥って自殺することがあるが、しかし、これはおかしい。個人的な不祥事ならばともかく、会社としてまずいことをした場合には、少なくとも対外的にはトップが責任を負うべきものであり、中間幹部が自殺するなど、どうにも納得できない。要するに「命令」がないからいけないのである。あれだけの重大事を会社として行なうのなら、トップは命令を出して(書類にするしないは別にして)責任の所在を明らかにする義務があり、中間幹部は必ず命令を出してもらい、自分が負いきれないような責任を伴う場合はこれを引き受けるべきではない。命令は、受令者にあることを実行するように要求するとともに、その結果起こりうるトラブルについては、いっさい発令者が責任を負うという保証なのである。しかし、日常の恒例事項はこのかぎりではない。上司は命令すべきものである。上司は命令すべきものであり、部下は命令を歓迎すべきものである。しかし、我々は命令するのを遠慮し、命令されるのを本能的に忌避する。どうすればよいか? それは命令の形式を工夫し、号令・命令・訓令・情報をうまく使い分ければよい。
  • 「命令」の二大要件は、「発令者の意図と受令者の行なうべき任務」である。受令者の任務だけを示したものは「号令」であり、逆に発令者の意図だけを示して、実施方法を受令者に一任するものが「訓令」である。この他に相手が高級者である場合には、情報を伝えるにとどめる方がスムーズに事が運ぶ。相手が自分と同じ程度の識量を持っていて、極端な個性の人物でないかぎり、同じ状況に対しては大差ない判断をするので、命令のように圧迫感を与えないですむからである。以上いずれの方式をとる場合でも、それを実行した結果については発令者の責任である。号令は単純で使いやすいが、ややもすると各人の努力方向がばらばらになり、組織の総合力を発揮できない欠点がある。また人数が増えたり、仕事が忙しくなると、いちいち号令などしてはおられなくなる。それに号令を受けた方は発令者の意図がわからないのだから、状況に変化があった場合に臨機応変の処置がとれないし、受令者相互の協力策応もしにくい。訓令は能力のある受令者に対し、現場の状況とその推移を発令者が予想できない場合に使う。 支社長や支店長、長期間単独行動をとる特使、取材記者などに対しては主として訓令で動けるような人材を配置する。
  • 日常の号令・命令・訓令の具体例 ---- 「明日八時東京発ヒカリの切符を一枚買ってきてくれ」と号令すれば、売り切れたと言われた女の子は手ぶらで帰ってくる。それで腹を立てるなら、命令すべきである。「明日十二時までに大阪に着きたい。八時のヒカリを一枚たのむ」と命令すれば、売り切れのときは七時五十分のヒカリ、それもだめなら七時のコダマを買ってくるので、朝少し早く起きるだけで用は足りる。「明日十二時、大阪で大切なお客に会いたい。よろしく頼む」と訓令すれば、社長の疲労を考える庶務課長は飛行機を手配し、こちらの顔色によって今夕のヒカリにし、大阪にホテルを予約し、あすの難問題に備えるエネルギーを蓄えさせてくれる。部下が思うように動かなくて腹が立つのは、たいてい自分が号令を使っている場合である。自動車には心がない。それゆえ号令で運転する。馬には心がある。したがって訓令で乗る。
  • 号令・命令・訓令・情報にはそれぞれ特質があり、組織の大小、仕事の内容、受令者の性格と能力、通信連絡の便否などを考えて、その場に最も適応するように、この四つを使い分けるべきで、どれがよいとは一概に言えないが、指揮は「指揮者の意図を的確に示すとともに、部下の自由意思をできるだけ束縛しない」という原則からすれば、訓令が最高のものと言えよう。---「兵法経営塾」(マネジメント社 1984年(S59)4月)「名将の演出」マネジメント社 1977年(S52)1月「名将の演出」マネジメント社復刻版1998年}より---
  • 日本は目的を誤っていた △ 兵法は「目的を誤ってはならない。目的と目標とははっきり区別せよ」と主張しているが、我々はこの簡単な原則をマスターできなかったようである。近代日本の世界戦略の目的は「世界の資源と販路(市場)の公平なる再配分」であった。我々は日露戦争の国難を辛うじて切り抜け、その勢いに乗じて必死に働いたが、国民の生活はさっぱりよくならず、先年日本中を騒がせたテレビの「おしん」のような状態、たとえば愛しい娘をたった三十円で売らねばならないような窮境に陥ってしまった。そこで改めて国外に眼をやってみると、先進国が世界中の資源と販路(市場)を独占しており、それが我々の貧困の原因であることがわかった。このため日本は昭和初期以来、この両者の公平なる再配分を国際的に主張してきた。思えば第一次世界大戦も、出遅れたドイツがこれを要求し、これを既得権として拒否するアングロサクソンとの戦いだったのだ。また、これが我が国で起こった三月事件、十月事件、五・一五事件、二・二六事件などの昭和革新運動の原因であり、満州事変、支那事変、大東亜戦争、第二次世界大戦の底流をなしていたのである。資源と販路(市場)の再配分を主張する日本の世界戦略が「敵」とすべきものは、当時世界中のそれを独占していたアングロサクソン民族とくにイギリスでなくてはならない。それなのに日本は中国とアメリカを敵としてしまった。中国は共同して防戦すべきパートナーであり、アメリカはイギリスに躍らされていたダミーであった。またドイツが主敵としたのは、第一次世界大戦ではフランスであり、第二次世界大戦でドイツが戦って国をすり減らしたのはソ連である。どうもおかしい。どうしてそうなったのか、百年さかのぼって年表をしらべてみると、アングロサクソン民族の世界戦略がはっきり浮かび上がって来る。我々はどうしてこれに気付かなかったのであろう。我々がこれをはっきり認識せず、的確に対処できなかったのは、日本の世界戦略が確立していず、あるいは確立した世界戦略を適切に実行する組織と人物が無かったためではなかろうか。日本とドイツが世界の資源と販路(市場)の公平なる再配分を要求したのは正しいが、その実現のために武力に依存したのは不幸であった。アングロサクソンが世界の資源と販路(市場)を独占したのは、我々に先立ってこれに着眼し、我々が他のことに気を奪われている間に必死の努力をした賜である。これを強引に「よこせ」と言えば怒るに決まっている。我々は共通の利益を掲げて話し合う方式によらねばならない。孫子の「上下欲を同じくすれば勝つ」の兵法である。そしてこれを妨げするものは「戦争」と「保護貿易主義」であることを認識しなくてはなるまい。---「チャーチル アングロサクソンの世界戦略」(マネジメント社 1985年(S60)4月)より---
  • 国益本位の「国家戦略」 △ 国家というものの行動は全くの国益本位であり、人々の唱える主義・正義・人道など影が甚だ淡いことである。マキャベリ(1469〜1527、イタリア人政治家)は「政治(世界戦略・国家戦略)の中に博愛主義を持ち込むべきではない」と主張し、それを「悪なり」として罵倒を浴びせる人々に対し「しかし、事実であるから仕方あるまい」とうそぶいているが、この本にのせた表の事実はまさにその通りで、各国の指導者は常に「いかにして国益を維持獲得するか」を目指し、その実現手段として「侵略」を選び、合従・連衡の策と弱肉強食の術の忠実なる実行に徹している。しかし「我々も道徳を無視すべきか?」と言うと、それは問題である。我々は歴史の示す事実を素直に認めたうえで、自分の信ずるところに従って、手落ち無く施策を進めるべきで、この事実に眼を覆い無理にきれいごとですまそうとし、あるいは人心の動向の洞察を怠って、非道徳なことをすれば、以外に利口な世論の袋叩きにあって、大きな不覚をとることを覚悟しなくてはならない。---「チャーチル アングロサクソンの世界戦略」(マネジメント社 1985年(S60)4月)より---
  • 我々は「敵」を見誤っていた △ 日本は、かねてからアングロサクソンに狙われており、とくにチャーチルの脳裡には、つねに日本が敵として存在していたことの認識が足りなかった。我々の真の敵はアングロサクソンとくにチャーチルだったのであり、これを見誤っていたのがいけなかった。しかし、アングロサクソンに敵対したから第二次世界大戦に失敗したことも事実である。今後の我々は「敵」というものの概念を変え、「敵」とは武力をもって戦う相手ではなく、「理と利を掲げて主張し、妥協をはかることにエネルギーの主力を指向すべき交渉相手である」と思わねばなるまい。「大変むずかしいことではあるが、それは可能である。」たとえば、アメリカとソ連とが経済断交に近い情勢下でも、アメリカの農産物は堂々とソ連に流れている。それが両国共通の利害であるから、さしものレーガンもそれを止めることができないからである。ソ連は食料不足であり、その輸入を止められることは爆弾を落されることよりも怖いのであるが、アメリカは食料が余っており、それを輸出しなければアメリカの農民が困る、すなわち、食料となる農産物をアメリカからソ連に輸出することは、米ソ共通の利益なのである。また、大東亜戦争において日本は、あれだけの武力を行使しながら、東はハワイ、西はビルマまでしか勢力を拡大できなかった。ところが戦後には、なんらの政治力も武力も持たない、従業員二〇〇人足らずの我社のような小企業の製品が世界中をのし歩いている。戦争と違って、この方は相手にも利益を与えるからである。---「チャーチル アングロサクソンの世界戦略」(マネジメント社 1985年(S60)4月)より---
  • 領土を求める必要はない △ 日本もドイツも、その国家戦略が目的としたものは、世界の資源と販路の公平なる再配分であり、人間として当然の要求である。しかし、その実現の手段として、武力をもって領土拡大をはかったことは失敗であった。現代は封建時代ではないのだから、資源と販路を求めるために領土を獲得する必要はない。金さえ出せば世界中から資源が集まってくるし、良いものを安く作れば、商品はあらゆる障害を乗り越えて、世界中に流れていく。現に日本の繁栄は、毎年六億トンの資源を輸入し、七千万トンの製品を輸出することにより成り立っているのである。しかし、これを可能にしているものは「世界平和」と「各国が保護貿易主義をとらない」ことであることを忘れてはならない。なお、領土を拡大すると、大きな不利を背負いこむことになるのが現代の特徴である。かつてのように植民地をただ搾取の対象とすることは不可能で、自国の勢力下に入れた以上、そこの住民に平均的な人間生活を保証する必要があり、そのためうっかり未開発国を手に入れれば大きな赤字を負担しなければならない。我々の欲しいのは資源と販路であり、それを手に入れる方法があるのに、わざわざ武力を行使して他国の領土を侵略して恨まれ、そこの住民の生活まで引き受けて苦労するほど馬鹿げたことはない。---「チャーチル アングロサクソンの世界戦略」(マネジメント社 1985年(S60)4月)より---

※ このWEBサイトは、amazon.co.jp のアソシエイトプログラムで、大橋武夫先生・武岡淳彦先生の著された「兵法」「戦略・戦術」の奥義をご紹介させていただきます。